これから求められる人材とは?産業に新陳代謝を起こす『理系×ビジネス』の必要性

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先日、修論発表を出し終えた僕は京都大学の修士号を得ることが出来た。関西の片田舎のガリ勉が友達内で賢ぶってた時代からすれば、身に余る成果と言える。

そこにいたる過程で多くの人に出会い、重要なことをたくさん学んだ。取り分け、高校から大学、大学院と周囲のレベルが上がっていったことで視野が広がったことは非常に重要な経験だった。

卒業を間近にした今、これからの社会でどんな人材が必要とされるかについて僕なりに考えてみたいと思う。

著者:eml
京大理系院2回生。startup企業に飛び込むことを選んだアウトエリート。変人を地で行く。

まず前提として危機であることを認識しよう

まずは現状認識。2015年現在、日本は出生率の長期低迷よる少子化傾向にあり、同時に老年人口比率の上昇(※実は老年人口自体はピークアウトしている)という高齢化にも直面している。

経済的な側面から考えれば、既存産業の国内市場の縮小は避けられず、生産年齢人口の減少も決定的である。

かつての強みであった製造業においても競争力低下は顕著で、一部を除いて楽観出来ない。各社の海外事業も目論見通りとはいっておらず、M&Aで連結の数字をかさ増しているに過ぎないケースも多い。

つまり、割とピンチなのだ。

「思考停止」という、たった一つの巨大な課題

これからの日本の産業はどうするべきであろうか?日本なんてどうでもいい、英語サイコー!海外LOVE☆★な人はここで読むのを終えて、H○SとかJ○Bとかをタブに追加すれば良い。

が、僕はそこまでいかず、日本にも一応の愛情があるので、真剣に考えることにする。

僕の完全な私見からすれば、日本が苦しんでいる理由はたった1つしかない。

「思考停止」である。

彼らに共通することは、「なんだかんだで、日本ならどうにかなる」というプライドと現実への思考停止である。この態度が大きな問題を産んでいる。それが今回の記事の主題である「産業の新陳代謝」を妨げる人材の劣化である。

9割の保守と1割の革新

多くの分野において、9割は保守的なので現状維持、もしくは軽いModifyしか出来ない。

そうやって、「(一応)新しいからよし!」などの反応でお茶を濁しながら、顔を伺って波風立てなければ将来安泰である。めでたしめでたし。

ここまでに複雑化した日本社会を動かすには、こうした状況が9割になるのは必然である。何も責めることは出来ないし、全員が自分勝手やると困る。新しいことをしようとするやつは「少ない」から良いのだ。

思考停止してしまうと、途端に精神面は楽になる。言われたことだけやっていれば大丈夫な訳で、反面、何かを変えることへの心理的抵抗感はすさまじい。

誤解を招かないように追加すれば、決して彼らはさぼっている訳では無い。努力をしているし、日々頭を使って物事を考えている。ただ、Mentality が違うのだ。恐らくだが、何かを裏切らなければ何かは生まれない。

武道でいう守破離と通じるのかも知れない。

いつまでも大御所先生の引き継ぎ研究ばかりしているラボ畜院生は、間違ってもそこに人生なんか掛けてはいけないということだ。その先には、古びたアイデアを踏襲して小手先を変えて目線をそらす論文生産マシンとしての未来しかない。

産業の新陳代謝を起こす重要性

これは僕が述べるよりも、歴史に聞いたほうが早い。ので、今更ながらだが「祇園精舎の鐘の声」を聞いて頂きたい。

もはや常識だとは思うが、生命を構成する分子にも絶対の設計など存在しないのだから。
いかなる産業も必ず限界が来てしまう。
変わらないことも重要だが、変化するものだけが生き残るということを京都の企業は良く知っている。

次に何がくるか考える

僕らは常に次のアクションを模索しないといけない。新しい時代を仕掛けていかないなら、その頭脳は必要性自体がほぼ無くなってしまう。

同時に過去を沢山学んでおかなければいけない。不勉強なやつの描くブルーオーシャンは、往々にして濁った溜池である。

歴史は常に連続的で周期的で、その岐路に自然発生的な何かが起こる不思議なものだ。だから常にその頭で問い続けなければいけない。

次の分かれ道はどこで、何が起こるのか。誰も予想出来ないからこそ意味のある問い掛けだ。

それでも科学は重要だ

偉そうに書いてきたので、「じゃあ、お前はどうなんだ」と突っ込みが来そうだ。回収しよう。僕は次の一手は常に科学技術によってもたらされると信じている。

人間は今あるものを組み合わせることには長けている。現状で足りないものや、ほんの少し先の未来を考える力はある。いわゆる、カイゼン、擦り合せ、マーケティングというおまじないの類だ。

ところが、もう少し先になると急に焦点がボケてくる。来年度の予算案について熟知しているニュースキャスターが、30年後の話となると「みんなイキイキ」とか言い出すのだから困ってしまう。

とにかく、どこかから新しいものが生まれないと、基本的には僕らは何も出来ない。

その発生源こそ、科学の最前線だと思う。何かと何かが化学反応して、不連続な流れが生じ続ける現場がそこにある。99% くらいは、猿真似のインパクトファクター稼ぎと目先を変えただけの「novel」だが、ほんとにすごい1%を生み出す力が科学技術に眠っている。

科学技術のほとんどはゴミだから役に立たないが
新しいものはゴミの中にしか無いのだ。

求められる理系人材と、理系の勘違い

新しい種は科学技術から生まれる。この前提のもとでは、現在の理系人材育成になんの間違いもないように見える。

しかし、もっとも大きな問題がそこにはある。

思考停止による、理系の方々の勘違いである。

僕は曲がりなりも世界topクラスの研究環境にいることで、将来の日本や世界をリードする人材の卵たちと時間を過ごすことが出来た。そこで感じた経験からすると、理系人材の激しい思考停止がある。

優秀であること、それは、与えられたことのほんの少し上を、他人より短時間でやってのけることに他ならない。

いくら研究といえど、乗せられたレールについて考え無ければ、真面目で顔がよくてスペックが高ければ有利という実にショボいゲームである。

修士レベルならそれでも十分、博士から独自性を出せば、という意見もあるが、実際にそんな研究者を見たことは無い。

だから、彼らは「それでいい」と思ってしまう。

京大でも東大でも、おそらく「成功」「優秀」とされる階段は決まっていて、その通りに進むことこそが善である。

そんな彼らの生み出す「新しい」は新しいだけの「自己満足」が多い。今自分が評価される方式が、その先に繋がっていくかなんて考えていない。これが大きな勘違いである。

これはきっと、日本教育の賜物だと思う。

個人は自由で清らかで、好きなことをすべきだ。金と性という世界を動かす大きな動力については一切触れず、人間教育(笑)に注力してきたことで、システムの中で高評価を得る彼らが大量生産されたことは文科省と全国一億人の悲願であった。

しかし、これから求められるのは、新しくて素晴らしい「ゴミ」の集まりの科学技術を、その先に進める知恵を持った人材である。まだ誰も歩いたことの無い道を描ける挑戦者である。

引用数が3つで、その内研究室内での引用が3件…みたいな論文しか書けないやつはいらないのだ。

科学とビジネスの谷間を埋める人材が未来を切り拓く

断言しよう。

科学技術の育て方を身を持って経験したやつこそが次を生み出して行く。科学とビジネスの間を埋められる人材こそが、閉塞を打破し、未来を切り拓いていける。

観念的に言えば、まだ誰も見たことのないビジネスは、「新しいこと」を可能にする科学にしか生み出せないのだと。

しかも、科学的、技術的な水準が高ければ高いほど、独創的で革新的な価値を提供し得るのである。

しかしこういうことに取り組むと、一番損な役回りを担うことだろう。当たるまでは儲からないのから。キャズムを乗り越えられずにポシャった例は数え切れない。

日進月歩の科学技術が分からないのはとても不利なので、ずっと勉強し続けないといけない。スタートアップビジネスや、ファイナンス、マーケティングも吸収しないと話にならない。

それでも、誰も新しいことは教えてくれない。

教科書は沢山読んだのに、自分のやることだけに教科書が無い状況に耐えないといけない。

それでもやる理由は一つしかない。

それが、この社会に必要とされることを満たす、唯一の方法だと信じているからだ。

失敗しても死なないんだから、やれることはすべてやってみよう。

世界がきっとその日を待っていると信じて。

アウトエリート編集部

アウトエリート編集部

若き異端児達の“自”論展開メディア「アウトエリート」編集部。ちょっとした瞬間や毎日の生活の中で役に立つ…かもしれない知的な情報を上手いこと編集して流していきます。

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