学歴やスキル偏重だった私が米国留学で学んだこと。UCバークレー留学リポート②

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――“Le plus important est inviable(本当に大切なものは目に見えない)”

名作『星の王子さま』に登場する名言だが、これが真に理解できている人はどれくらいいるだろうか。就活においても、自分が本当はどんな人物であるかよりも、“〇〇大学出身”で“△△なスキルを持っていて”、“どれくらい優れているか”を訥々と語る学生も多ければ、そうしたことを重視する採用者も多いのではないだろうか。実際、昨年の8月から1年間アメリカカリフォルニア州のUCバークレーに留学していた何遥(か はるか)さんは、留学に行くまではそのように考えていたという。

――GPAが4.0あって、いくつか言語が話せて、コーディングができて、強い精神力があればいい。そうすれば自分のやりたいことができて、 社会に出られると思っていた――

しかし、1年間の留学を経た彼女は、本当に大切なものはこうした目に見える成績でもなければ、人よりも何かができる高いスキルでもないと言い切る。過去の自分を振り返って “外から見える自分をひたすら磨いていたけど、ほんとうは私自身が果てしなく空っぽだった” そう語る彼女が留学という大きな経験で見つけ、学んだものとは……

何 遥(か はるか)
早稲田大学国際教養学部3年。心理学、特に人の感情抑制に関心があり、昨年8月より心理学の先端を行くU.C.バークレーに1年間留学。帰国した現在は手軽に英語が学べるEnglishCentralというサイトを運営する会社でインターンをする機会に恵まれる。村上春樹とC.S. ルイスの小説が好き。“Silence is something you can actually hear”  心理支援ボランティアの研修で引用された村上春樹の小説の一節のように、日常生活でも人の心の声に傾けられるようになりたいと願い、日々努力中。

アイデンティティを求めて

留学に行く理由は人それぞれだと思いますが、私の場合は小学生のころ親の仕事でアメリカの学校に通っていた経験があり、それが元でアメリカの大学に行きたいなという気持ちを心のどこかにずっと持っていました。私が所属している早稲田大学の国際教養学部では、2年次から3年次にかけて1年間、提携している海外のいずれかの大学に留学することが義務付けられていますが、そうした憧れもあり、私は一も二もなくアメリカの大学を希望しました。また、数あるアメリカの大学の中でもバークレーを選択したのは、①心理学の分野で世界的に秀でているから②私と似た境遇であるアジア系アメリカ人やアジア系の移民の学生が西海岸に多いから、という2つの理由からでした。

小学校2年生から4年生の終わりまでアメリカにいた私は、帰国して公立小学校に転入したのですが、いざ授業に臨んでみると思ったよりずっと日本語を忘れていて、日本人の見た目なのに日本語もしゃべれなければ、名前は中国名なのに漢字も書けない。もちろん周りはみんな日本人の子で、そんな私のことをみんななんとなく遠巻きにするようになりました。これだけが原因ではないものの、今考えると私はその頃から、自分がどうしたい、どうなりたいというよりは、自分は人からどのように見られているのか、どうしたら人に好かれるのかというような風に考えるようになっていったように思います。

持てる時間はすべて自分のために

大学生になって、より一層他人からの見え方を気にしていた私は、人から見えやすい自分の外側のスキルを磨くことに執心していました。だから昨年の8月に渡米する際、全ての時間を心理学の研究など、自分のために使う気で留学に臨みました。周りの人は、向上心があるのはよいことだという風に言ってくれていましたが、本当はただ、自分以外のために時間と労力を使うことが不安なだけ。誰かのために時間を使うなら、その分自分のために使って自分を高めたい。それはテストの点数だったり、スキルだったり、研究だったり。実際、心理学の最先端であるバークレーでは、思う存分勉強や研究ができ、同じような研究に興味のある友人もできて、毎日がとても楽しかったです。

でも私の頭の中はいつも自分のことでいっぱい。将来の目標や夢を実現するためにたくさん研究や勉強をすること、人からよく見えるように自分の評価を高めること……自分でもこのままじゃダメだと薄々感じてはいました。でも今さら直すこともできなくて。そんな私なのに、周りの友達はどこまでも優しく、私を思うがゆえにとても厳しく接してくれ、本当に大切なことに気づかせてくれました。

“自分の欠点を直さないのは、口に食べカスをつけたまま過ごしているようなもの”

バークレー留学の初期の頃に出会ったMelanieには、一番お世話になりました。賢いMelanieは、私の欠点にすぐに気が付いて、会うたびにそれと向き合うように言ってくれていました。 “自分の欠点を認識しているのに直さないのは、口に食べカスがついていることに気づいているのに、食べカスを取らないで過ごしているのと同じ” と。自分でも薄々気づいていたことなので、実際にMelanieから面と向かって言われたときはものすごく痛かった。Melanieは授業もバイトも完璧にこなして、バイトで稼いだお金で後輩に奢ってくれて、風邪を引いたときなど何かあるとすぐに飛んできてくれるような人です。その上、成績的には医学大学院にもストレートで行けるくらい賢くて本人も進学を望んでいましたが、彼女は最終的に人手不足で悩む地元の教会でボランティアをする道を選択しました。その教会は、彼女が幼少期から通っているところで、自分も中学生・高校生の頃に辛いことがあったからこそ、その教会で少しでも中高生を助けたいと思って決めたそうです。もちろん教会での活動にお給料は出ませんから、バイトをする必要があります。いわゆる“エリート中のエリート”も言えるような人が、人生の大切な岐路に自分の望みではなく当たり前のように人を優先したことに、ただただ驚きました。

だって、そうでしょう??

賢いMelanieには、院進でなくとも素敵なキャリアウーマンとしての選択肢がいくつもあったはずなのに。そんな私にMelanieは言いました。
“人生の最も大切なことは、後回しにすると埋め合わせができない。例えば、キャリアや成績はいつでもキャッチアップできる。テストも一夜漬けで何とかなったりするけれど、人との関係性などの大切なことは後回しにすると埋め合わせができない” 私はMelanieの指摘をずっと馬耳東風で無視していましたが、そんなMelanieの姿を間近に見て、徐々にMelanieみたいな賢くて優しい人になりたいと思うようになりました。でも今の自分じゃ絶対になれない、だから変わりたいとも。

12178116_10207692839669628_232940640_n(Melanieと出会ったイベント。Melanie=中央左から3番目、Haruka=中央左から5番目)

でも実際に変わるのは簡単なことではありませんでした。Melanieを見ていて、こんなに人のために時間を割いていたら絶対に勉強なんてできないと思って、直接尋ねたことがあります。“なんでこんなにできるの?”って。それに対してMelanieは、 “私もやっぱり他の人に優しくされたから、自分が何かしてあげられる人に自分ができることをするのは当然だし、それを私が本当にやりたいと思ってるからできるの” と。その時の私にはわかるようなわからないような言葉でした。でもそれ以後ずっと、人のために時間を使うということを意識するようになりました。

みんな一人ひとり、ストーリーがある。人は外見で判断できないということ

仲の良かった同学年のKatherineには、もっと外の世界に目を向けることを教えてもらいました。イベントなど人が多く集まり交流する場面でさえ、私は自分のよき理解者であるMelanieとばかり話をしていました。それを見かねたKatherineがまたしてもズキンと刺さる事実を私に宣告したのです。 “ずっと一人の人と一緒にいることはできないし、Harukaは他の人は自分のことを理解してくれないと思ってるんだろうけど、そんなこと話してみないとわからない。なんで決めつけるの?” と。それからです、同じフェローシップの女の子たちと話し始めたのは。

キャサリンと.よくカフェで勉強してた(Katherineとはよく一緒にカフェで勉強をしました)

Janet 、 Nicole、 Jennifer、 Grace、 Betty、 Jennyをはじめとする同学年の女の子たちは、同じフェローシップに属していて一つの家に15人で暮らしていました。私がそこに遊びに行くようになってからも、最初の頃は気の合いそうな子とばかり話したりしていましたが、私と全然違う人生を歩んできたように見える子たちも、みんなそれぞれ何かに苦しんでいて、それぞれにもがいて頑張っているんだということがわかりました。これは私が、勉強ができる/できない、どんなスキルを持っているか/持っていないかといった、外から割とすぐ見えるものだけでなく、その人がどんな人生を歩んできて、どんな考え方をするのかといった内面を見るようになった最初の一歩です。

janetと.アメフト場(よく学校の中を連れ回してくれたJanetとアメフト場にて)

Katherineのように正直に厳しいことを言ってくれる人もいれば、ずっと優しく見守ってくれた人もいました。Amy、Anneting、Sandra、 Muをはじめとする同じボランティアサークルの友達はいつも近くで暖かく見守ってくれました。早期卒業したSandraが、何かあるといつも南カリフォルニアからわざわざ来てくれたことは絶対忘れません。 “人のために何かをする” ことには、人それぞれ色々な方法があるのだと学びました。

フェローシップリーダーLydiaの結婚式(フェローシップのリーダーLydiaの結婚式)

アイデンティティ。それは――

こうした素晴らしい友人に恵まれ、一歩ずつ私は変わっていきました。そして留学中に得た収穫がもう一つ。
中国人の親の元に生まれ、フィンランドやアメリカ、そして日本で育った私。だけど中国人にも日本人にもどこの国の人にもなり切れない私。ずっとどこかの国に真に属したいと思っていました。高校生の頃、自分のルーツである中国に行けば何か感じることがあるかもと思い1年間留学しましたが、結局明確な答えは得られずモヤモヤ。それが今回アメリカに留学したことで、少し吹っ切れました。私はこれまで、アイデンティティみたいな繊細なことには容易に触れちゃいけないし、触れられたくないと思っていましたが、アメリカ人はそうした私が繊細だと思っていたこともジョークにして笑い飛ばしちゃうんです。例えば、顔はアジア系だけど、中身は根っからのアメリカンの人を “バナナ(外は黄色だけど中は白)” って呼称したり、Johnといったアメリカっぽい名前を持つアジア系アメリカ人に“君の本当の名前は何?(もっとアジアっぽい名前があるんだろう?)”って尋ねて笑いあったり。そうした光景を日常的に見て、自分の名前とか生まれ育ちとか、どこに属すか属さないのかなんて些細なことで、気にする必要もないんだなと自然と考えるようになりました。それに、  “アイデンティティ”  って国とかそういうことじゃないんだなとも。 “日本人” とか “中国人” みたいに簡単に言い切れる単純なものじゃなくて、その人がどんな人でどんな生き方をしているのかといった、たぶんそういう深いことなのかなって。

Le plus important est invisible

留学に行くまでは、私は研究者となり精神疾患の治療法を確立して、苦しんでいる人を助けたいと思っていました。留学中も積極的に研究助手をしたりして、それはそれでとても素敵なことだと改めて感じました。しかし、留学中にたくさんの人に助けられてわかったことがあります。それは、どんな治療法よりも効果があるのは周囲の人の支えだということ。どんなに効果的な治療法があっても、あきらめずに寄り添ってくれる人の存在が必要なんです。私はそれ以前も、気付いていなかっただけで両親と妹からたくさんの愛とサポートに恵まれてきました。同じ “助ける” “優しくする” でも、一つとして同じ形はなく、それぞれの人がそれぞれのやり方で優しさを注いでくれました。留学を終えた今、どのように人をサポートできるのかを考えた結果、 “研究者” というどこかその響きや地位に憧れていた職業に固執せず、私が与えてもらった目に見えないものを今度は他の人に与えていけるよう、自分が求められているところで人の力になりたいと思っています。

アメリカの大学事情(U.C.バークレーレポート①)についてはこちら
アウトエリート編集部

アウトエリート編集部

若き異端児達の“自”論展開メディア「アウトエリート」編集部。ちょっとした瞬間や毎日の生活の中で役に立つ…かもしれない知的な情報を上手いこと編集して流していきます。

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