東大卒マラソンランナーが“自分らしく生きる道”を選んで学んだこと

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みんなと同じように努力しているのに、なかなか成果が得られない。そんな歯がゆい思いをした経験はきっと誰にもあるはず。

でも、僕は思うんです。
みんなと同じように努力しているから、なかなか上手くいかないのではないか、努力を努力と思っているから成果が出ないんじゃないか、と。

「自分らしく楽しんでこそ、成果はついてくる。」

東大法学部を卒業してからも走ることを選んだ僕が、紆余曲折を経た後にたどり着いた“自論”をお話しさせていただきます。

著者:松本翔
宮崎県立小林高校で駅伝に励みながらも全国模試は10位以内。高校3年時の12月に全国高校駅伝に出場後、東京大学文科一類(法学部)に現役合格する。また、東大進学後、関東学連選抜で箱根駅伝に出場。大学卒業後は、実業団チームを経て、現在市民ランナーとして活動中(2014大阪マラソン3位。ベストタイム2時間13分)。著書に「<東大式>マラソン最速メソッド(SB新書)」。

「卒業して何がしたいか?」

大学3年生の冬、僕が出した答えは「走ること」でした。弁護士になることや省庁に進む選択肢もありましたが、最終的には、ただシンプルに、記録で勝負するスポーツの世界へ進むことを決意しました。

純粋に速くなりたい、自分のランナーとしての可能性を追い求めたい、と実業団の世界に入ったのです。

良い環境に行けばもっと成長できると思った

憧れの実業団は寮生活で、規則正しく走る、そんな毎日でした。月曜から土曜は朝5時過ぎに起床して15kmほど走る朝練習。日中は14時頃まで会社で働き、午後は軽く走ることもあれば、20km超のロング走や、短めのスピードトレーニングをすることも。

また、毎月のように1週間あまりの合宿に行き、連日30~50kmほど走り込む日々を過ごす。「走った距離は裏切らない」というアテネオリンピックで金メダルを獲得した野口みずき選手の名言もあるくらいですから。

しかし、それが万人に当てはまるものではないと思い知ったのは、何より僕自身でした。

入社3年目、次第にオーバートレーニングの症状が現れはじめ、練習・試合でのパフォーマンスは下がる一方。

結果、僕の実業団での競技人生は、わずか3年足らずで終焉を迎えることになったのです。

社会人として、ランナーとしてのリスタート

陸上部退部後は、所属企業のいちサラリーマンとして社業に追われる日々を過ごすことに。ジョギングは早朝か夜のどちらかだけ、それも時間と気持ちが許す範囲のみで行いました。

しかし、競技生活から離れて走っていたはずが、ジョギングだけでは物足りなくなり、徐々にスピードを上げ、実業団時代から質と量は落としながらもトレーニングを再開するようになったのです。

また、モチベーションを保つために試合にも参加しました。

そこで改めて気づけたことは、

自分にとって走ることこそが何よりも楽しい、と言うことでした。

思いがけない成長と、転機

走ることの楽しさを再確認し、自分から走るようになって数ヶ月、記録が面白いように伸びていきました。
次第に実業団時代のベストタイムに近づいていき、市民ランナーとなって10カ月目には、ついにベストタイムを更新することができたのです。

そしてこの時、自分にとって初マラソンとなる大阪マラソン(2011年10月)に出場しました。けがの影響もあり不本意な結果(2時間26分)にこそ終わりましたが、また新たなチャレンジの場を得た喜びの方が大きかったです。

しかしその後、社業が繁忙を極め、自分にとって大切な「走る」ことが難しい環境になっていきました。深夜まで業務を行い、睡眠時間を削って走る日々。ときには終電を逃し、移動手段として走って帰ることもありました。

思うように走ることができない、このままでいいのか…。葛藤の末、僕が出した結論は、ただ自分らしく走れる環境を求めて転職することでした。
現在も在籍している会社に転職し、市民ランナーとして本格的に走りだしました。

周りから見たら、おかしな奴に見えたかもしれません。実業団の選手として入社したとはいえ、一流企業でしたから。

でもその決断は、間違っていなかったと思います。

実業団時代にはチャレンジすることすら叶わなかったマラソンで、実業団選手と戦うことに僕の主戦場は大きく変化しました。
そして、2013年2月、僕の地元宮崎県を走る「延岡西日本マラソン」で、2時間13分38秒という自己ベストタイムで5位入賞を果たすことが出来たのです。

マラソン界で有名な埼玉県庁の川内選手と並び、「市民ランナー」代表として各メディアに取り上げられるようにもなりました。

もっと気楽に「好き」を探そう

僕は「実業団選手」としては3年弱でお役御免となりましたが、「市民ランナー」となって4年、実業団時代以上のパフォーマンスを上げることができています。

当たり前のことですが、実業団を離れていわゆる「市民ランナー」として走り始めると、監督・コーチという他人に決められたことをやるのではなく、練習をするかどうか、何をするか、どの試合に出るか、全てが自分次第となりました。

思い返してみれば、実業団時代は、好きな道を選んだはずなのに、いつの間にかノルマのように練習をこなす日々になっていた気がします。好きなことを心から楽しいと思える余力がなく、自分なりのやり方を模索する余地もなく、ただ義務感のような気持ちに陥りながら…。

だからこそ、今特に大事にしているのは「自分らしく楽しむ」を心がけることでモチベーションを保つこと。

好きなことだからやる、ということを根底において、自分らしく前向きに取り組む。走るのが辛くなるほど追い込むことはしないですし、必要なトレーニングは仲間と一緒にやったり、練習代わりにレースへ参加したりして、イベントのように「テンションを上げて」取り組みます。

練習がしっかりできたときはもちろん、うまくいかなかったときも必要以上に落ち込まず、原因を考えて(言い訳をつくり?)切り替えます。何より前向きに取り組むことが、パフォーマンスを上げる近道であると、実体験をもとに考えているのです。

実はこの経験、社会人のときだけでなく、高校生の頃にもありました。

2年生の秋~3年生の春までオーバートレーニング気味で競技成績が全く上がらなかったのが、楽な気持ちで前向きに取り組むことで一気に急成長、当時の宮崎県の高校記録を残しています。また、受験勉強も同様で、言うなれば練習の気分転換が勉強、勉強の気分転換が練習、というくらいの考え方をしていました。

好きこそ、ものの上手なれ。
好きな道を選び、好きでいられるように、どうせやるなら楽しんだほうがいい、楽しんだ者勝ちだ。

そうすれば意外と成果がついてくる。僕はそう思うんです。

アウトエリート編集部

アウトエリート編集部

若き異端児達の“自”論展開メディア「アウトエリート」編集部。ちょっとした瞬間や毎日の生活の中で役に立つ…かもしれない知的な情報を上手いこと編集して流していきます。

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