「学生なのにスゴイ」で勘違いしてませんか?自分の枠を限定するリスクについて

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「学生なのにすごいね」「まだ若いのにすごいね」……

サークルや学生団体の活動などを精力的に行っていれば、一度くらい言われたことのある言葉ではないでしょうか。

確かに経験も浅く、持てる知識も相対的に少ない若者が何かを成そうとしていることはすごいかもしれません。実際に私の周りでも、自分でプロジェクトを立ち上げたり、社会人とつながりを持って活動をしているような知り合いも少なからず見受けられます。

私自身そうした熱意や、とにかく一歩を踏み出してみる姿勢はとても素晴らしいものだと思います。

が、冒頭に掲げた「すごいね」は、9割5分「学生である」という前提なしには成り立たないものであると感じています。

著者:和田 有紀子(わだ ゆきこ)
東京大学経済学部4年生。高校生のときに第2回田辺聖子文学館ジュニア文学賞「読書体験記の部」にて最優秀賞を受賞したことがきっかけで、感じたこと・考えたことを外に発信することの面白さに気づく。2015年1月まで大学生向けのサイトglobal innovation naviの編集長を務める他、出版社の企画で米国CNN本社へ取材へ行くなど、ライターとしても活動。これからの時代を創ってゆく大学生にこそ、世の中のことを知り、自分の判断軸を持ってもらいたいと願い活動を続ける。

「学生だからできること」のメリットと「学生だから許される」という甘え

世の中には、学生だからできることもたくさんあります。

「学生」という肩書きがあるからこそ、著名人に謝礼なしで会ってもらうようなことが現実に可能だったり、社会的にも親の脛をかじることがまだ許される風潮の中では、学生だからこそ生活費の心配をせず好きなことにだけ没頭することもできるのでしょう。それは大いに活用すればよいと思います。

ただ、私が同じ学生という立場で感じることは、「〇〇さん、△△くんはすごいね」と周りから称賛されながら活動している学生の多くは、周囲から褒められることに慣れていくうちにそうした前提を忘れていってしまっているのではないかいうことです。

基本的に、学生が評価されるときに見られているのは、その人自身ではなく、「学生である」という事実です。

ここを勘違いして、さも自分自身が評価されているから、自分がすごいから、著名人とつながることができたのだなどと勘違いしてはいけません。

もちろん付き合いを重ねるごとに、その人自身の考えや能力、魅力に気づいてもらって真にその人自身を評価してもらうこともあるでしょう。

しかしあなたが、「学生」という肩書きに甘んじている限り、相手はあなたが学生であるという色眼鏡抜きには評価することはできないでしょうし、そのことによって実はあなた自身がせっかくのチャンスを逃してしまうことになるかもしれないのです。

学生であるという予防線を張ることで発生するリスク

社会人の方とお付き合いしながら活動している人によく見られる行動があります。ファーストコンタクトの際に自らが学生であることをアピールすることです。

本人にしてみれば、ただ単に自分の肩書きとして自己紹介をしているに過ぎないのかもしれませんが、仕事として付き合おうとしている相手にとっては、それは何の意味も成しません。

私は、学生であることを最初に宣言することは、予防線を張ることだと思っています。

つまり

「学生なのでこれくらいで勘弁してください」
「学生だからこれくらいの出来で評価してください」
「学生だからミスすることも仕方ないんです」

といった無意識のメッセージを相手に送っているということです。

そしてそのメッセージを受け取った相手もまた、無意識のうちに

「まだ社会に出ていないひよっこなのによく頑張っているな」
「学生なのにすごいな」

と感じるようになるのです。

別に悪いことは何もないじゃないか。そう思われる方もいるかもしれませんね。しかし私は、こうした行為は2つの点で自分自身にとってリスクを孕んでいると考えています。

学生という枠内での限定的な高評価に自身の価値を見失う

一つ目のリスクは、あなた自身が、印籠なくしてはなんの力を持たなくなってしまう可能性です。

「これが目に入らぬか」で有名な水戸黄門の印籠ですが、学生という肩書きはこの印籠のようなものです。

かく言う私もつい最近まで学生だけであるサイトを運営していたのですが、立ち上げた当初はもちろんほとんど知名度がありません。ですから、初めの頃はアポを取るにしても、「学生が理念を掲げて活動をしています!」ということを全面に押し出して、そこに共感いただく形でインタビューをさせていただいていました。

特に初期の頃にインタビューをお受けいただいた方々には本当に頭が上がらない思いですが、もし私が学生でなく一社会人として、バックに会社名もなく同じ活動をしていてお話を受けていただけたかというと、甚だ自信がありません。

当然ですよね。きちんとした経験もなければ実績もないのですから。

そう。多くの学生が社会人に勝てないのが、経験と実績です。

しかし時に、学生という肩書きはそれを補ってあまり余る威力を発揮します。

私も当初はそうした学生の地位を活かし、本来ならば手の届かないであろう人々にインタビューをお受けいただきました。そしてその貴重な経験を自分のチャンスとし、記事一つひとつに想いをこめて丁寧に作り上げることで、実績としてきました。

印籠の威力は長くは持ちません。一度その印籠に意味がないと見破られてしまうと、その次には同じ手は使えなくなってしまいます。

水戸黄門はもちろん実力あってのことですが、学生という印籠を掲げて、その目印だけで人々に「すごい」と評されることに慣れきってしまうと、印籠を失ったときにあなたには何も残らないことになります。

このようにならないためにも、初めは肩書きを最大限に利用し、そうして活動する中で本当の実力をつけていく必要があるのです。

下がりに下がった期待値のハードルが自身の成長を阻害する

そして二つ目に、あなたが自分の選択で、自分の価値を下げることになりかねないということが挙げられます。

学生であるということは、少々のミスなどを看過してもらえる一方で、最初から結果に対し期待されるハードルも下がります。

もしかしたらあなたの出す結果はお金に換算すれば5万円の価値があるかもしれないのに、「学生ならこんなものか」と5千円の値がつけられるかもしれません。

そのハードルを越えられればよいのですが、たいていの場合はあなた自身「学生だから」を盾にして、結果的に期待よりもさらに低い結果しか出せないことがままあります。

相手からしてみれば「やっぱりな」ということになりますし、当然次の機会にはさらにその期待は下がっていくのです。

自分の評価枠を広く持つということ

本当に評価される人は、学生であるとかないとか関係なく活躍しています。

無意識であれ「学生である」という枠に甘えることは、自分自身の可能性を自分で狭めることになってしまいます。

自分で自分の枠を取り払って、もっと広い世界を見てみませんか?

「井の中の蛙大海を知らず」です。

アウトエリート編集部

アウトエリート編集部

若き異端児達の“自”論展開メディア「アウトエリート」編集部。ちょっとした瞬間や毎日の生活の中で役に立つ…かもしれない知的な情報を上手いこと編集して流していきます。

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