気仙沼の記憶と縁側の文化復活にかけた慶應院生の思い

ndanda_

2015年3月、東日本大震災における被災地となってしまった気仙沼を舞台に「んだんだ本」という、震災前写真集とでも言うべき一冊の本が刊行されました。

ndandabookんだんだ本

世界最大のクラウドファンディングサイト『READYFOR』の「ここ何だったっけをなくしたい〜気仙沼の皆の記憶を本にする〜」というプロジェクトから生まれた書籍。震災前の気仙沼を映した写真と地元の人の声を収めた写真集となっている。READYFORでの設定目標金額を大幅に超える出資金を集め、プロジェクト発足からわずか数ヶ月での発刊となった話題の本。

全国で話題となったこの出版プロジェクトを仕掛けたのが、今回取材させていただいた気仙沼出身の現役慶應院生「小野 里海」さん。

彼女がなぜこのようなプロジェクトを立ち上げるに至ったのか。その胸の内と想いを語ってもらいました。

小野 里海
宮城県気仙沼市出身。学部時代にアメリカ留学を実現するも、渡米直後に東日本大震災が発生する。帰国後、震災で消えてしまった地元 気仙沼の風景を切り取った写真と地元の言葉で綴られた「んだんだ本」プロジェクトを発足。慶應義塾大学院政策・メディア研究科2回生。

父の叱咤と「今の自分にできる」こと

――小野

留学のため渡米してわずか1か月後の2011年3月11日、東日本大震災の一報を聞きました。故郷が大変な時に私だけアメリカにいる場合ではないと、とにかく居ても立っても居られず片道航空券を買って日本に帰ったんです。

ndanda002

だけど、父から追い返されました。

「お前にはお前のやるべきことがあるだろう!すぐにアメリカに戻りなさい。」と言われてしまって…。

10日間くらい実家に居て、結局アメリカに戻りました… 私にできること、私の立場だからこそできることをまずはやろうと思って。


アメリカに戻った小野さんが勉学に勤しむかたわら、いつも考えていたことは「気仙沼のために私は何が出来るのだろう」ということ。

アメリカでは「地震全体や津波、そしてそこに暮らしていた被災者の想いをもっと知ってほしい」と現地新聞の寄稿や中央庁舎での講演などを精力的に行ったそうです。

当時、アメリカでは原発についての報道ばかりされており、被災者がどんな被害を受けたのか、どんな生活を送っているのか、ということも知って欲しかったのだといいます。

――小野

とにかく、「私に出来ることは全部、今すぐやらなきゃ!」という一心で猛進していました。そんな時、活動を支えてくれた向こう(アメリカ)の友人たちに言われたんです。

「自分が出来る範囲で出来る時に出来ることだけやればいいよ。そんなに頑張っていたら里海がダメになっちゃう。」と。

きっと、彼らから見て当時の私はそうとうカツカツでいっぱいいっぱいに見えたんでしょうね…。
この考え方は、後の私の生き方に大きく影響するようになりました。


ndanda003

と、懐かしそうに留学時代のエピソードを語ってくれる小野さん。

やがて1年間の留学期間を終え、地元である気仙沼へ戻った彼女はそこで「かつての気仙沼にはなかった奇妙な空気と違和感」を感じてしまったのだと続けます。

「未来のため」無茶を続ける被災地の人々の姿に垣間見た違和感

――小野

もうとにかく被災地の全員が必死でカツカツでいっぱいいっぱいに見えました。

かつての優しくのんびりした気仙沼の雰囲気はどこにもなくて、皆が皆「復興」という旗印の下で頑張りすぎているように見えたんです。

一見するとすごく前向きでいいコトのように思えるんですが、アメリカから帰ったばかりの頃の私の目には「無理やりにでも希望を持とう」「前を向こう」と無茶をしているように映ってしまったんです。


震災直後~数年後の時期、彼女の両親や親しい人たちをはじめ多くの被災地域住民の方々が必死に復興作業を行っていたそう。

朝から晩まで廃材を探しまわっては働き続ける毎日。手伝いに来てくれていたボランティアの助けにも「いいよいいよ!自分で出来るから。」と何でも自分たちでやろうとしていて…。

前を向こうと必死で頑張っている気仙沼の人を見て、アメリカの友人に言われた「そんなに頑張っていたら里海がダメになっちゃう。」という言葉が脳裏に甦えったという。

気仙沼に縁側文化をもう一度

――小野

ちょっと不思議で、何だか切なかったんです。特に用があるでもなく縁側で集まって世間話をするオバちゃん達。無邪気に庭を駆け回る子どもたち。

いち田舎の縁側の文化…あのゆっくりとした空気が漂う気仙沼はどこにいったんだろう?

そう…思えてしまって。

一日も早く復興をしようと頑張っている日々の中に少しでもゆとりを持って欲しい、昔の縁側文化が恋しい、そんな風に思っていた時、父が運転中に何気なくつぶやいたんです。

ndanda004

「ここ何があったんだっけ?」と。

「えー何だっけ?あっあれだよ!」「んだんだ!(そうだ、そうだ)」と。

ただの親子の会話ですよね(笑)。

でも、復興作業のために休みなく働き、疲れきっていた父の顔が笑顔になったんです。

ずっと考えていた疑問へのヒントをもらった気がしました。

過去を思い出して悲しませたくはないけど、『今は無い景色を”思い出せるもの”、 “懐かしむもの” 』があれば、またみんなで集まって会話ができるんじゃないか?と。

なんていうか…そんなふうに思ったんですよ。


当時既に発刊されていた震災関連の写真や書籍は「消える前の街の写真」「津波の写真」「復興写真」が必ずセットになっていた。

これでは「悲しいね」「怖いね」とはなっても、「懐かしいね」という会話にはならない。

震災の恐ろしさや「前を向く人の強さ」は伝わるかもしれないが、現地の人にとってそれは重荷になってしまう。小野さんはそう考え…

  • いつもそばにあってすぐに縁側に持ち出せる
  • 子どもの手にもおばあちゃん達の手にも収まる小さめサイズの
  • 思い出の景色をあつめた本を作ろう

何気なくこの本を手にとって、そこでまた気仙沼の人達の暖かい会話が生まれて欲しい。
そう決意し、冒頭で紹介した「んだんだ本」作成プロジェクトの発足を決めたんだとか。

一人では何もできないと認識してから行動すればいい

――小野

「思い出の写真を集めた本をつくろう!」と決意した、とは言ってもわからないことだらけでした。

ndanda_add02

出版のイロハも、コピーライトも、イラストもレイアウトもデザインもわからないんですから当然ですよね。

だから私は、骨子を固めたらとにかく人を巻き込んでいくことに全力を傾けたんです。

ndanda005

小野さんのここからの行動力は凄まじいものでした。

立案から初期メンバー5人の招集。『READYFOR』でのクラウドファンディングを開始。

ndanda_book

目標金額を突破し、プロジェクト本格稼働から実際の書籍出版…そして完成した『んだんだ本』を地元の人々の手に届けるまでの全工程を、わずか4ヶ月と10日で完遂。

「震災前の気仙沼を切り取った本だから…」と、当初より目標としてきた2015年3月10日(震災の日の前日)に見事初版リリースへこぎつけてしまったのですから本当に驚かされます。

なぜそんな事が実行できたのか?小野さんはその激動の制作期間についても詳しく語ってくれました。

――小野

もうとにかく一人で考えずに、メンバーで集まってワイワイ話し合いながら一気に色々固めていきましたね。

ndanda_add03

  • 標準語や英語訳を付けるよりも、地元の人たちにとっての共通言語「方言」をそのまま載せよう。
  • 口語のまま掲載するインタビューにしよう。長い文章よりも、一言だけのコピーにしよう。
  • 表紙は汚して気軽に読んでほしいからラミネートはナシにしよう。
  • タイトルは、この本を読んだ時に「気仙沼の人ならどんなことを口にするか」をイメージし ”んだんだ本” に決定。
  • 標準語訳も解説もいらないよね!だってそれが分からないことを一緒に読んでる人に質問したら、そこからまた暖かいコミュニケーションが始まるかもしれないじゃん!

…と。そんな風に皆で相談して、皆で作って…。

ndanda006

最初の1枚目が完成したとき、メンバー全員で泣いてしまいました。「これだ。これを届けよう。」って。

ndanda008

予想を大幅に超える刊行前後の周囲の反応

クラウドファンディングサイトでは想定金額を大幅に超える支援金を獲得し、およそ震災とは直接縁の無い人さえも巻き込み、ついに発売された「んだんだ本」。

発売が開始されるや否や、全国各地から様々な反応が寄せられ、増刷が決定。まだ未確定ではあるものの続刊についても計画がスタートしているそうです。

ついに本が形になった時、何が変わり、何が起き、そして何を感じられたのか。小野さんに当時の心情について語ってもらいました。

ndanda007

――小野

感じたのは「何かを達成した喜び」…ということよりも、あの本を中心に 話し、笑い、時に泣いちゃったりする人の輪がもう一度見れたことが本当に、本当に嬉しかったです。

本を見たおじさんが急に「そういえば俺この建物の横で告ったわ!忘れてた!」なんて言いだしたり。

刊行前に「悲しい記憶をわざわざ蘇らせるなんて…」と批判的だった方が、本を見て涙しつつも感謝してくれたり。

届けたかったところに生まれた温かい反応の全てが嬉しかったですね。


ndanda009

小野さんは、将来、気仙沼に戻り実家の家業を継ぎたいという。

気仙沼で暮らし、そこで起きている出来事や感じる思いを気仙沼の人びとと日々分かち合う中で、また自分にできることが自然と湧き起ってくるのではないだろうか。みんなの笑顔や元気がどんどんよみがえり、かつての優しくのんびりした気仙沼が戻ってくるまでに、まだまだ自分ができることは無限に見つかるのではないだろうか。そんな思いを胸に…

彼女が選んだ選択肢は、果たしてどんな未来につながっていくのか。
楽しみになってしまっているのは、我々アウトエリート編集部だけではないはずです。

ndanda010_1
3月10日 「んだんだ本」初版刊行お披露目会にて

アウトエリート編集部

アウトエリート編集部

若き異端児達の“自”論展開メディア「アウトエリート」編集部。ちょっとした瞬間や毎日の生活の中で役に立つ…かもしれない知的な情報を上手いこと編集して流していきます。

You may also like...