『京大東田式パズル』東田大志が目指すポストモダンなパズルの在り方とは?

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知的娯楽として古くから多くの人びとに愛されてきたクイズやパズル。既にアウトエリートで取り上げた頭脳王・廣海さんが得意とするクイズは主に知識で解くものであるのに対し、パズルは思考で解くものであると言われる。奇しくも頭脳王・廣海氏を生んだ京都大学に、日本でただ一人のパズル学研究者である東田大志さんが在籍している。東田さんの著書によれば、パズルを解くには演繹法、帰納法、背理法、アダクション(仮定的推論)といったロジカルンシンキングのあらゆる思考要素が必要とされ、一方それら思考要素はパズルを解くことによって鍛えることが可能であるという。今日多くの企業の採用試験や公務員試験などにおいて論理思考力を測る手段としてパズルが採用されていることは、それらパズルの持つ有用性が広く認知されている現れであり、また日常生活やビジネスシーンにおいて必要となるロジカルでクリエイティブな発想の源泉としてもパズルは大いに有用なものであると考えられているのである。今回アウトエリート編集部は再び京都大学を訪れ、日本のパズル学研究の第一人者と言われる東田さんの足跡やパズルにかける思いについて取材を行った。

東田大志(ひがしだ ひろし)
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程5年生。日本でただ一人のパズル学研究者。京大法学部に入学後、パズルの研究をするために総合人間学部に転部。パズル普及のために全国47都道府県を自作パズルのビラ配りで回る自称「ビラがパズルの人」。著作多数。

東田大志、パズルとの出逢い

パズルを解くようになったのは、いつ頃からですか?

―東田

幼稚園の頃からIQを上げるような問題を解く教室には通っていたのですが、今の専門分野であるペンシル&ペーパーパズルと言う鉛筆と紙だけで解くようなパズルを始めたのは小学校2年生の頃でした。親に買い与えてもらったパズルの本を解くのがとにかく面白くて、来る日も来る日もパズルを解いていました。中学生になると、解くだけじゃ物足りなくなって、解く人の視点に立ちながら自分で作問を始めました。試行錯誤の繰り返しでしたが、うまくできたものは雑誌に投稿したり、「今週のパズル」と称してクラスのみんなに配ったりしていました。解く数をこなしていたら、解き方のストーリーや作問者の意図などがわかってくるので、問題を作っているときも、解く人はきっとこの辺で手が止まるだろうな、だからこのあたりにわかりやすいヒントとなるものを置いておこう、といった調整ができるようになります。今ではだいたい1日に1問くらいのペースで作問しています。

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「パズル断ち」で京都大学へ

学校の成績もパズルで鍛えられたのでしょうか?

―東田

僕は中学も高校もずっとパズルをやっていたので成績は決してよろしくはなかったんですが、受験生ということで高3の夏休みに「パズル断ち」を決行して勉強に専念したところ、偏差値が20上がり京都大学を志望しました。その頃は、というか今もですが、僕以外にパズル学を研究している人はいなかったので、もともとは大学でパズルをしようなど思ってもいなくて、京大の学部の中で一番かっこいいと思った法学部に入ることを決めました。その頃の僕にとってパズルはあくまで趣味で、好きだからといってそれで生計を立てていこうとは思いもしなかったですし、その後の人生で研究に進むことになるなんて全く想像もしてませんでした。
ただ残念なことに、いざ法学部に入学してみると、これが自分にとって全く面白くなかったんですよ。それまで僕はパズル作るというクリエイティブなこと、ゼロからイチを作ることをやってきたのに、法学部で学ぶことは既存の法律を解釈することです。これはこれで社会にとっては必要なことですが、自分には向いていなかった。

そして運命の出会いへ

それで転部を決意されたのでしょうか?

―東田

――自分で新しいものが作れる学部に行きたい。そう願っていたときに偶然、総合人間学部の芸術学の教授に出逢い、その教授の話を聞いているうちに自分が求めていたのはここか!と確信したんです。芸術はいつの時代も、その時代にとって新しい試みであって、創造と破壊を繰り返して時代の最先端を行くもの。だから芸術の世界では、思想や哲学という分野でも最先端を行っている人が多いんです。ですがパズルに関わるのは数学系の人がほとんどで、哲学音痴ばかり。パズルの世界が現代の思想に追いついていない、芸術と比べてパズルの世界で言われていることはとても浅いのだと衝撃を受けて、すぐさまその教授のもとで学ぶことに決めました。

時代の先を行く芸術と、時代に遅れたパズル

今広く一般に流布しているパズルのほとんどは、答えが一通りのものです。これは芸術における遠近法の議論と同じで、ある一点から見たときに一番きれいに見える、逆に言うとその一点から見てほしいという制作者の気持ちが作品に込められているわけです。しかしこうした考え方は芸術の世界ではもはや古くて、現代芸術の世界ではそこに描かれているものは受け手によって解釈が異なってもよいとされる風潮にあります。つまり、唯一絶対の解は存在しないし、制作者でさえもその答えを知らないことだってあるんです。
ですがパズルの世界では、パズルはただ解いて楽しいものであるべきだ、つまり「頭がよくなるため」というような「楽しみ」以外の目的を持ってはいけないとしたり、答えは必ず一通りでなければいけないとされるのが一般的です。そこで僕は、まだまだ前近代的なパズルではなく、誰も正規にはやったことのないポストモダンのパズルを展開したら面白いのではないかと思い、研究や活動を続けています。

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無意識に植え付けられた絶対解~実はパズルが社会格差の原因?~

研究の過程で気づいたことの一つは、私たちは教育を受けている過程で、実はパズルのジレンマに冒されているということです。学校教育でもパズルでも、基本的にある1つの問題に対し、決まった1つの答えが正解とされます。そうした教育の中では、決められたただ一つの答えが正しくて、その他の答えは間違っているといった情報を無意識のうちに植え付けられてしまいます。答えが一通りのパズルは、篩(ふるい)にかけるのに本当に便利なので、受験や就活でも利用され、そうして答えが一通りのパズルで正解をしてきた人たちが、自分が大人になったときに自分が成功した方法で人を篩にかけるという。まさに「格差の再生産」が起こるんです。遊びのはずのパズルが、結果的に洗脳の手段になってしまっている。だから自分は、パズルを芸術のように昇華させて、答えが無限にあるようなパズル、出題者も答えを知らないようなパズルに根本的な格差の解決を期待しています。答えの無限性はつまり、自分の想定していなかった答えを肯定することに他なりませんからね。

「ポストモダンなパズル」自分にしかできないこと

以前は芸術作品は美術館に展示をするのが当たり前でしたが、時代が下るにつれて美術館から飛び出してきました。最近だとフラッシュモブや路上アートなんかがわかりやすいと思います。美術館になくても、大勢の人が注目して見るという時点で、それは芸術です。僕は47都道府県の路上でビラ配りをして回っているのですが、それは従来雑誌上などで解くものだったパズルの在り方を破壊するアートです。他にもトイレットペーパーにパズルを印刷してみたりして、その時は大学生協でピラミッドみたいに積んでもらいました。また久しぶりに入荷したら流行るかな?(笑)
こんな風に今までのパズルを否定するようなことを言ったり、新しいことしているとパズル界の人からは非難轟々なのですが、常に新しいことをするのが研究者なので、今のところ僕以外の人にはできないポストモダンなパズルの在り方をこれからも日々模索していきたいと思っています。

 

もし街中で「ビラがパズルになっています!」と言っている人を見かけたらそれが僕ですので、不審がらずにぜひ受け取ってください!!

おまけ

東田さんがこの記事用にパズルを作ってくれました。現在イチ押しの東田式理数パズル「WA!」だそうです。お時間あるときにぜひ挑戦してみてください!

[遊び方]
盤面に描かれた円の内部の各エリアに1つずつ数字を入れ、盤面上部に示されたカッコ内の数字が全て1つずつあるようにします。
より大きな円の内部の各エリアに入る数字の合計は、より小さな円の内部の各エリアに入る数字の合計よりも大きくなります。
円の大きさが同じ場合は、数字の合計も等しくなります。

例題問題一覧

初級問題
中級問題
上級問題

アウトエリート編集部

アウトエリート編集部

若き異端児達の“自”論展開メディア「アウトエリート」編集部。ちょっとした瞬間や毎日の生活の中で役に立つ…かもしれない知的な情報を上手いこと編集して流していきます。

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