「日本一」、「早稲田大学」「日本代表候補」 − ラベルを捨てて、見えた自分

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はじめまして、八木彩香と申します。
「どうやったら缶蹴りで勝てるか」に明け暮れた小学生時代、「どうやったら職員室にある屋上の鍵を拝借できるのか」に知力を尽くした中学生時代…に培った知恵と、天性の要領の良さでなんとか早稲田大学に進学。それでもやはり性格は相変わらずで、「どの体勢なら授業中に一番バレずに熟睡できるか」ということばかり考えていました。
小さい頃から厳しい教育を受けていたわけではないし、元来の性格が「やんちゃ坊主」な私は、いわゆる優等生とは縁がないと思っていました。しかし、大学に進学して知り合った友人たちは優秀な人たちばかりで、そういった彼らを見て育ちのよさを感じると同時に、私なりに思ったことがあります。

北海道

八木 彩香(やぎ あやか)

1991年2月25日生まれ。早稲田大学卒業。小学4年生からサッカーをはじめ、高校時代には年代別日本代表候補に選出される。後に大学女子サッカー選手権に優勝し日本一に。現在はライター・編集者として日々、奮闘中。
フリーライターでありながら特技はフリーキックです。ツチノコを探し求めて自転車で日本中を冒険しました。好きな言葉は「はくなまたた」。

“優等生”は周りの人の手で作られている?

頭も良く、育ちも良い。
大学にはそんな人たちがたくさんいました。自分とは全く違うタイプの人たちだからこそ、客観的に見ていて、気づいたことがあります。それは「優等生は自然と期待に応えなければならない」と、必要以上に思い込んでいることです。

特に家が病院だったり親が政治家だったりすると、「有名私立校に入らなければならない」「優秀な成績を収めなくてはならない」「無様な姿をさらしてはならない」…そう教え込まれた、もしくは言われなくても空気を読んで自分自身に言い聞かせている人が多いと思います。
例で挙げたように、優等生と呼ばれる人たちは、早いうちから知らず知らずのうちに多大な期待をかけられ、生きていくほど死守すべき規範が膨らみ続け、就職活動をはじめる頃には日本国憲法のようなボリュームになっているのかもしれません。そんな規範を今さら破ることはできず、本能ではなく身に降り積もった規範に従って生きていくのが当たり前になっている気がします。

ラベルを手に入れるための就職活動

今振り返ってみると、生まれながらの優等生ではない私も、知らぬ間に自分自身で規範を作っていたと思います。
「早稲田大学の八木です」
「東京選抜10番の八木です」
「日本代表候補の八木です」
ただの結果でしかない事実が私を象徴する「ラベル」として貼り付いていくにつれ、そのラベルがはがれないように自ら、「○○しなくてはならない」「こういう姿であるべきだ」と自分自身に制約を設けるようになっていたのです。そして、そうした規範的な自分を演じているうちに、大学4年での就職活動時には今度は逆に、それに恥じないようなラベルを手に入れるための企業選びをしている自分がいました。
就職活動では大手企業しか眼中になく、「自分のやりたいこと」よりも「有名な大手企業」という基準で選んだ企業を受けた結果、東証一部上場企業に内定をいただき入社することになったのです。

ラベルを捨てた自転車日本一周の旅で見えたもの

大学4年の1月、最後の全日本大学女子サッカー選手権大会の決勝が終わり、私は「就職」か「現役続行」か、という選択を迫られました。いくつかのクラブからお誘いを受け、なでしこリーグに進む道も選べたのですが、日本の女子サッカーの環境に魅力を感じなかった(女子サッカー選手はほとんどプロではないのです)ので、就職することに決めました。その後、就職浪人をして大学5年生になった私は就職活動を行い、5月に先の企業の内定を得て就職活動を終えました。あらゆることが一段落して、翌4月の入社まで時間があったので、自転車で日本一周の旅に出ることにしました。

おそらく自分の中で様々な理由が重なった結果、旅に出たのだと思うのですが、自覚している大きな理由は2つ。一つ目は単純に「冒険」がしたかったから。昔からドラクエやポケモンが好きで、そんな旅(冒険)をしてみたいと思ったからです。
そしてもう一つは、自分が今まで人生を歩むうちに付いてきた「ラベル」を外したとき、人がどんな風に自分を見てくれるのかを知りたかったから。「早稲田大学」や「日本一」。そんなラベルではなく、自分の本質を見てほしい。いろいろなことが落ち着いて気が抜けた瞬間、ラベルを気にして生きていたことによる疲れが、ドッと心に溢れ出したのかもしれません。
出発の日_WP
(出発の日)

7月1日に東京を出発し、まずは北海道を目指しました。ある道の駅で、お饅頭を1つ買ったとき、売店のおばちゃんが加えて2つもサービスしてくれました。ある町の元旅人のおやじさんが経営するラーメン屋さんでは「来る者は拒まず」精神で3匹のダックスフント、ニワトリ、クマなど、身寄りのないたくさんの動物の世話をしています。「困ったらココへ来い!」と言って、人間の世話もしてくれるおやじさんの言葉は、決して口だけではありませんでした。なぜ誰でも受け入れてくれるのかと私が尋ねると、おやじさんは「昔、自分が旅人だったとき多くの人に助けられた。そのとき、感謝の気持ちをどうにかして返したかったけど、俺には何もなかった。だからその人の優しさを、誰かに渡すことが、今できる最大限の恩返しだ」と、そう教えてくれたのです。

旅先で会った人は私の経歴を知らないので当然、「早稲田大学」、「サッカー」などのラベルで、私を評価しませんでした。「八木ちゃん、なんかいいね!」「元気だなぁ!応援したい!」など、「何者かよくわからない八木彩香」をみてくれていたと思います。出身大学やサッカーでの経歴…そんなものがなくても人は優しく支えてくれました。そうした事実に気づいた瞬間、もはやラベルを守りたいと思わなくなりました。「あ、そういえば私、こんなラベル付いてました」程度まで、その価値は下がっていたのです。
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(自転車で日本一周の旅のゴール 屋久島にて)

もっとワガママに、自分の衝動に正直に

この旅では人との出会いの他にも、「自分と会話する時間」が多くとれたことが大きかったと思います。生きていると、よくも悪くも周りの声に触れることが多くなり、自分の声が聞こえなくなり、深い場所にある欲求や衝動に気が付けなくなってしまう。最近の若者に多い、「やりたいことがない」状態は、これが原因としてあるのではと思っています。知らぬ間に自分の声が聞こえなくなり、他人の意見や他人の気持ちや期待に応えることを第一優先にしてしまう…優等生は特に、期待に応えようとする責任感も強いのかもしれません。

私はこの旅を通して、自分と話す時間を大切にすべきだと学びました。もっとワガママに、自分の衝動に正直に生きようと。人に迷惑をかけて生きるというわけではありません。ですが、ラベルを守りたいがために自分のやりたいことを見失ってしまっては、人生の本質を欠いてしまうと思うのです。今、私にとってラベルは重荷ではありません。守っていなければ保てないようなラベルなら、それまでだったということです。自分の衝動に、もっと正直に。

入社して間もなく、やっとの思いで手に入れた「東証一部上場企業」というラベルを剥がす道を選択し、現在フリーランスとして活動しています。
これからも私の冒険はずっと続いていきます。

北海道②

アウトエリート編集部

アウトエリート編集部

若き異端児達の“自”論展開メディア「アウトエリート」編集部。ちょっとした瞬間や毎日の生活の中で役に立つ…かもしれない知的な情報を上手いこと編集して流していきます。

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